2016年8月31日水曜日

きのう、縁あってお声掛けいただいて、ひさながやのそうくんと、筑後市の中学校で、中学一年生を前に熊本地震の体験を発表しました。人前での話しなのでうまく伝わらなかったと思いますが、努力しました。
 ボクはとくに地震の後の三日間、家族で無事を確認し避難したこと、消防で地区の役に立とうと奮闘したこと、 畑に土石流が押し寄せたり、断水の中必死に水やりをしたことを写真と一緒に伝えました。言いたかったのは、地震に遭うということは、日ごろ何らかの日常を生活している自分、あるいは、それぞれの人が、そのいろいろある具体的な状況の中で、被災するということでした。
 自分の場合は、自分、家族、消防、地域、仕事(農業)。などがそれで、人が生活していればその日々のなかで、環境、人間関係やしなければいけないこと、作業がおおよそ決まってるし、それが
長い目で見れば変化もしているけれど継続している、地震や災害に遭うということは、その状況から外へ出ることではなくて、その状況のなかで、そのつながりが途絶えたり、また回復しようとしたりすることだと思いました。だからそれぞれの人がどんなときに、どんな地震に遭うかは自分にしかわからない、地震に遭ったらどんなことができるか、は自分にしかわからない、ということでした。何よりも自分で判断して行動することが大切で、けれどその行動の範囲や選択肢は日々の中でもう決まっている。今を元気に大切に生きていって欲しいと思う、ということでした。

 そしてボクは自分のテントを持っていってみんなに見せようと思いました。このテントは30年前ボクが中学生のときに買ってもらったもの。大切に使っていました。今回地震の後、余震の中一人家に戻り、暗く散乱した部屋の中で必死にこのテントを探しました。何よりこのテントを探しました。結局一時間以上探しても見つかりませんでした。このテントはつい最近子どもの冬物の引き出しから出てきました。その災害時の必死な時間の中ではテントも見つからず、役に立ちませんでした。今思えば必要もありませんでした。探した時間も無駄になりました。あの状況で一時間以上も。地震に遭うということはこんな無駄な慌てた、そしてひとりぼっちの時間を過ごすこともあります。でもほんとうにこのテントが無駄だったのか、役に立たなかったのか。いまでもすこし考えます。何でこのテントのことを思い出して、夢中で探したのか。
 ボクの中ではあの時地震の恐怖で混乱していた自分が、何かの支えを探していたのだと少し思います。物としてのテントは見つからず役に立たず、必要でもなかったけれど、もしかしたら30年前、眼の前の中学生たちと同じ頃の自分が、テントを手に入れたときの気持ち、友だちとテントの中ですごしたときの思い出、テントに寄せていた自分の気持ちが必要だったのだと思います。地震を経験したときの恐怖の中で、途絶えたのは今の日常だけではなくて、自分の中の時間でもあったかもしれません。中学生のみんなには、今の自分のありのままの姿が、やがて未来の自分を励ますかもしれない、困ったときに直接は役立たないけれど、とにかく今の自分であれ、未来の自分であれ、自分のことを自分自身で支えていってほしい、30年前の自分が、中学生だった自分が、地震で混乱している自分を、今の自分を支えて、助けてくれることもあるぞ、といいたかったのです。
うまく伝わったでしょうか、誰かに伝わったでしょうか、ほんとうに中学生たちには今ある自分の姿を大切に感じて欲しいです。
そうくん、ボクのめちゃくちゃな話をちゃんとまとめてくれてありがとう。最後に挨拶してくれた中学生男子、「今の自分が無駄じゃない、自分の頭で考えてがんばります」と、なんて君は賢いんだ、ありがとう。ほんとうにいい経験になりました。

地震のときフキコは避難所でマンガが読みたいといいました。いつものように、普段のフキコの姿です。たくましいなと、今思えばあの地震のときに、暗くなっても元気に遊び続けていた子どもたちはほんとうにたくましいなと思います。

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